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あ行
赤坂台中学校【ああかさかだいちゅうがっこう】

堺市南区赤坂台2丁1番1号に所在する堺市立中学校。略称「あかちゅう」。昭和50年(1975年)4月1日開校。2009年5月1日現在の生徒数は18クラス518人。「明るく・たくましく・けじめをつける」が校訓。出身者に女優の沢口靖子、映画監督の村松亮太郎がいる。
あいあい橋【あいあいばし】
和泉市と住宅都市整備公団(当時)が、光明台ニュータウンの完成を記念して光明池大橋の愛称を公募、383通の応募の中から採用された名前。昭和60年(1985年)3月30日に行われた光明台フェアで発表されたが、ほとんど定着しなかった。
愛彩館高倉台店【あいさいかんたかくらだいてん】
高倉台近隣センター内にあったスーパー。丸高ストア、髙島屋ストアが撤退後、1999年4月にオープンした。2004年4月に撤退。この後同センターはしばらくスーパー不在の状況が続いたが、平成20年(2008年)、コミュニティ・スーパーを併設した有料老人ホーム(グッドタイムリビング泉北泉ヶ丘)がオープンした。
赤坂公園【あかさかこうえん】

赤坂台2丁、赤坂台幼稚園や小学校のすぐそばにある近隣公園。公園西端にグラウンドがある。芝生広場や藤棚も。東側には二本木山古墳が保存されている。面積41,000㎡。園内に長池。
※写真は赤坂公園入口。ここに入らず、右手に進むと二本木山古墳の説明板がある。
赤坂台【あかさかだい】
昭和50年(1975年)3月、光明池地区で最初に入居が始まった住区。基本計画ではM住区。地名の由来はかつてこの地に「赤坂」という小字があったことから。当初の計画戸数は3280戸。1丁~6丁から成り、面積110ヘクタール。2009年4月末現在3540世帯・9047人。住区内に赤坂台幼稚園、赤坂台保育所、赤坂台小学校、赤坂台中学校がある。

赤坂台近隣センター【あかさかだいきんりんせんたー】

赤坂台の街びらきとともに昭和50年(1975年)3月20日にオープン。市連マーケットを核に、商店10店舗と地域会館で構成。市連マーケットはその後セルフ方式のアペティートになり、95年には等価交換方式で高層マンション(ファミール赤坂台)の中に入るかたちになった。アペティートが01年3月に突然閉店した後、同年11月に「千成」が入店、2009年11月、千成から「リベラル赤坂台」に変わった。このリベラルも2012年3月に突然閉店、2012年5月現在、核店舗のない状況となっている。
上の写真は2009年に撮影されたものだが、このように円形広場をぐるりと囲むユニークなかたちが、特徴だった。
しかし、2012年、アーケード部分を府タウン管理財団から商店会が引き継ぐ際に「商店がある部分」だけ引き継ぐことにしたため、残りのアーケードは撤去され、半円形になってしまった。アーケードの引き継ぎは各センターで順次行われているが、半分だけ引き継ぐというケースはめずらしい。
なお、赤坂台センターの個人商店街については「欠陥店舗だ」として分譲当初から商店主らと企業局の間で紛争が続いていたが、89年に決着をみた。この問題の影響で、1店舗はずっと「未分譲」のままシャッターがおりたままだった。
赤坂台交番【あかさかだいこうばん】

赤坂台2丁4番1号に所在。1989年12月に開所。赤坂台は野々井派出所の担当エリアだったが、同派出所が老朽化したため、500メートルほど移転・新築、名称も変更したもの。鉄筋コンクリート二階建て、のべ54平方メートル。赤阪公園の一角を堺市から借り受けて建設。とんがり屋根のキュートなデザインは赤坂台保育園、赤坂台幼稚園がすぐ近くという付近の景観にマッチするよう配慮されたもの。
赤坂台小学校【あかさかだいしょうがっこう】
赤坂台2丁2番1号に所在する堺市立小学校。昭和50年(1975年)創立。児童数は昭和58年度(1983年度)に1817人を記録、マンモス校解消の陳情が出されたこともあるが、近年は減少気味。09年5月1日現在、20クラス・538人。
赤坂台幼稚園【あかさかだいようちえん】

赤坂台2丁3番1号に所在する幼稚園。1975年(昭和50年)4月、赤坂台の街開きとともに開園。学校法人松井学園が経営。
あかしや橋【あかしやばし】
宮山台小学校と多治速比売神社間の道路にかかる陸橋。


