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さ行
さいかち橋【さいかちばし】

晴美台近隣センター内の郵便局そばから晴美台府営住宅側に至る陸橋。近隣センター側はらせん階段になっており、なかなか風情があります。一度上ってみてください。
堺自然ふれあいの森【さかいしぜんふれあいのもり】
堺市南区畑1740番地に所在する堺市立の公園施設。2006年4月開園。OSS・EPRグループが指定管理者として堺市の業務を代行、NPO法人いっちんクラブ(ボランティアクラブ)と提携してクラフト教室、農作業体験などの里山体験プログラムを実施している。面積17万2千㎡。
元々堺市が墓地の拡張用地として買収していた土地だが、景気悪化で墓地需要が冷え込んだこともあり、ふれあいの森に転用したもの。
山林を中心に田畑があり、ホタルが生息する第2豊田川も流れるという環境を考慮し、できるだけ人の手を加えず、自然を生かした公園となっている。拠点施設「森の館」をふれあいの森入口付近に設け、事務室、倉庫、トイレのほか、学習会や工作などに使える多目的室(約200㎡)がある。
★写真はふれあいの森でロープを使った木登りに挑戦する子供たち
堺西高校【さかいにしこうこう】
桃山台4丁16番1号に所在する府立高校。明治40年、堺市立女子手芸学校創立。昭和26年、堺市立堺高校と改称。昭和50年、現在地に新校舎完成、移転。昭和51年、男女共学となる。昭和54年1月1日、大阪府に移管、大阪府立堺西高校となった。
子育て支援サークル「ちゅーりっぷ倶楽部」が2002年から校内の紫友会館で活動、生徒(家庭看護福祉選択者)たちと母子が保育士の指導のもと、交流している。
▲ウェブサイト http://www.osaka-c.ed.jp/sakainishi/
堺東高校【さかいひがしこうこう】

昭和47年(1972年)4月、晴美台1丁1番2号に75番目の府立高校として開校。初代校長・井内嘉美氏。校内に100本を越える桜が植えられ、春は桜の名所に。平成13年度に創立30周年を迎え、平成14年4月から総合学科の高校として再出発した。平成15年5月には、3つの実習室を備えた看護実習棟が完成。平成18年度から「知的障害生徒自立支援コース」が設置された。
▲ウェブサイト http://www.osaka-c.ed.jp/sakaihigashi/
堺酪農団地【さかいらくのうだんち】
堺市南区畑1627番地。泉北ニュータウン開発計画を機に、23戸の酪農家が結集して昭和44年に堺市畜産農業組合を結成、安定した酪農経営を行う場所として建設した。45ヘクタールの広大な地域に飼料畑、牛舎、住宅、放牧場、運動場、倉庫、飼料配合センターなどを設置。建設当初の計画では「大正池を中心に観光牧場的な性格も備える」予定だったようだ。昭和46年から経営を開始。現在は15軒の酪農家が約1000頭の牛を飼っており、堺市内の乳牛の半分はこの酪農団地の牛。観光牧場ではないが、近年はコスモスやヒマワリを植え、期間限定ではあるが一般開放も行っている。
逆瀬川【さかせがわ】
槇塚台の南側に位置し、大阪狭山市と隣接する地区。標高100mで、堺市で最も高い。
地区の中央に小さな川があり、釜室からの新しい道路ができるまでは峠を越して村に入ったが、川が西北方向から西へ方向を変えて奥谷池に入ったので、「逆瀬川」の地名が生まれたのかもしれない、と言われる。
桜井神社【さくらいじんじゃ】

堺市南区片蔵645に所在する神社。割拝殿は堺市内唯一の国宝に指定されている。延喜式内の神社で推古天皇5年(598年)の創建と伝えられる。上神谷八幡宮とも称せられ、応神天皇、仲哀天皇、神功天皇を祀っている。その昔、上神、和田、桜井など近郷の武将らの尊敬を受け、社殿は荘厳を極めたが、天正年間、織田信長の根来寺征伐の際、僧兵に焼かれる。現在の本殿は明治14年の造営である。
毎年10月に境内で奉納される郷土芸能「こおどり」発祥の地はこの国神社で、室町時代から伝えられてきた。日露戦争ごろから中断になっていたが、昭和30年にこおどり保存会を結成し、今日まで維持されている。「こおどり」は現在、無形文化財に指定されている。毎年1月9~11日は十日戎(上神谷えびす)でにぎわう。
秋祭りには片蔵、釜室、泉田中、豊田、栂からだんじりが宮入、連合引きも見られる。
さくら橋【さくらばし】
竹城台センター近くにある陸橋。欄干のプレートに桜の絵柄があしらわれている。

さつき橋【さつきばし】

鴨谷台3丁にある陸橋。写真で、手前は3丁3番UR団地側、橋のむこうは3丁2番公社団地。
さるすべり橋【さるすべりばし】

泉ヶ丘駅前、コノミヤ前のゆうかり橋から続く緑道の、南保健センターそばにかかる陸橋。昭和46年竣工、と橋に記載。

