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た行
田池【たいけ】

御池台2丁の御池公園内に昭和55年(1980年)に府企業局が開設した、ニュータウン唯一の公認釣り場。池岸の4か所に釣り場を設けている。ヘラブナ、コイなどが釣れる。満水時の面積1.47ha。
タウン管理財団【たうんかんりざいだん】
→大阪府タウン管理財団(「お」の項参照)
高倉寺【たかくらじ】

高倉台2丁9番15号にある、真言宗の寺。705年、行基によって創建された、和泉では最も古い寺院のひとつ。家内安全、無病息災平安時代初期には弘法大師が参篭したり、その後高倉天皇が行幸したという由緒ある寺院。戦国時代には織田信長の根来攻めですっかり焼き払われたが、間もなく再建された。
現在、茶山台小学校そばにある墓地まですべて高倉寺境内であったというほど、かつては広い範囲を境内としており、七堂伽藍、49院があったという。現在残っている宝積院は同寺の本堂・客殿にあたるもの。昭和49年~50年(1974~1975年)には文久元年以来113年ぶりという改築工事が行われた。毎年春には御影供が行われる。
同寺の鐘は戦時中、政府の金属回収令によって無理やり供出されたが、その後たまたま官報を目にした住職が「皇室に関係ある鐘、大名の造った鐘、名工の造った鐘」は供出しなくてもよかったことを知り、あわてて岡山の直島まで行って取り返してきたといういきさつがある。すでに化学分析のための穴が開けられていたそうである。
高倉台【たかくらだい】

昭和47年(1972年)4月に街びらきした住区。基本計画では「D住区」。この地区はもともと高蔵寺と呼ばれており、「陶器八景の寺」として有名な高倉寺宝積院がある。地名は、この寺にちなんで名付けられた。ここには、ニュータウン計画外の地域も含まれている。1丁~4丁からなり、面積98ヘクタール。2009年4月末現在4029世帯・9184人。住区内に高倉台小学校、高倉台西小学校、泉北光明幼稚園、平和の園保育園がある。中学校は三原台中学校。
高倉台小学校【たかくらだいしょうがっこう】
高倉台3丁5番1号に所在する堺市立小学校。昭和47年(1972年)4月に7クラス・216人でスタート。初代校長・大仲茂男氏。二代目の校長を務めた別所八十次氏は児童の詩や作文を集めた雑誌「はとぶえ」の編集で知られた。児童数のピークは昭和57年(1982年)で2,307人。2009年5月1日現在、11クラス・208人。
高倉台西小学校【たかくらだいにししょうがっこう】

高倉台1丁2番1号に所在する堺市立小学校。昭和57年(1982年)4月、高倉台小の分離校として新設された。開校当初の児童数852人。校章は画家で当時堺市指導主事だった長谷川望氏が考案した。09年5月1日現在、8クラス・221人。
竹城温泉【たけしろおんせん】
竹城台3丁にあった風呂屋。初期の府営住宅には風呂がなかったので、宮山台・竹城台・若松台の各近隣センターには大阪府によって風呂屋が誘致された。ところが、竹城台の皆様温泉が1978年9月、突然閉業。前年に竹城台では新住法の時効を迎え、転売や業種変更が自由になったことによるものだったが、困った住民たちが「自治会風呂」というかたちで1980年7月に開業したもの。府が建設して自治会に無償貸与、自治会で運営するという方式だったが、しかし、オープン当初から赤字続きで自治会内部の混乱もあって8月には早くも閉鎖、翌81年3月、再開したが、経営は必ずしも順調でなかった。91年3月までに竹城台の府営住宅すべてに浴室がつき、竹城温泉も閉業、取り壊された。
竹城公園【たけしろこうえん】

竹城台3丁にある25.000平方メートルの公園。昭和46年(1971年)完成。旧・天原公園。
どこからどこまでが竹城公園なのかわかりにくいが、泉北高速をまたぐ松城橋に続く緑道の西側〜竹城台近隣センターあたりまでと思ってよい(と思う)。春は緑道沿いの桜が美しく、なかなかの穴場である。
竹城台【たけしろだい】

昭和44年(1969年)から入居が始まった住区。基本計画では「B住区」。地名の由来は、開発前までは竹林が多かったことと、戦国時代に上神氏の所領で勢力をふるっていた東山、西山、小谷の3つの城のひとつ、「小谷城跡」があることから。他に桜木町、竹之台、竹山台といった候補もあった。当初計画戸数は4858戸。1丁~4丁からなり、面積106ヘクタール。2009年4月末現在4733世帯、9568人。
竹城台近隣センター【たけしろだいきんりんせんたー】

昭和44年(1969年)竹城台府営住宅の入居にあわせてオープンした近隣センター。竹城台市連マーケットを核とし、店舗付き住宅10店舗、公衆浴場、集会室などで構成されていた。市連マーケットは1987年末で閉店、その後丸紅が土地を取得してスーパー併設のマンションを建設、1993年4月にスーパーカナエ(カナエ竹城台店)が入った。しかし、カナエは99年3月で閉店、同年6月にパストが代わってオープン。そのパストは05年末に閉店、06年2月、再びカナエが開店したが、翌07年1月に閉店…という落ち着かない状態が続いた。07年5月にコノミヤ竹城台店がオープンして、今に至っている。
コノミヤの他、美容院(ブランシェ)、理容店(ニュータッチ)、酒店(竹城屋酒店)、米屋(神田屋米穀店)、寿司(いろは寿司)、クリーニング(フランス屋)、薬局(竹城薬局)、整骨院(城整骨院)、歯科(にしかわ歯科)、障害者の人が働くリサイクルショップ「ぱらっぱ」、介護事業の「ほほえみネットワーク竹城」などがある。

